名古屋高等裁判所金沢支部 昭和59年(ラ)20号 決定 1985年7月22日
抗告人 亡木島志のぶ遺言執行者高田良正 外一名
相手方 木島藤三郎
主文
一 原審判を取消す。
二 本件を金沢家庭裁判所に差戻す。
理由
第一当事者双方の申立及び主張
抗告人らは主文同旨の決定を求め、抗告の理由として、別紙(一)ないし(四)のとおり主張し、相手方は本件抗告を棄却するとの決定を求め、別紙(五)、(六)のとおり主張した。
第二当裁判所の判断
一 一件記録によると、次の事実が認められる。
本件被相続人亡木島志のぶ(以下被相続人という)は、夫に先立たれ子もなかつたことから、後継者にとの期待のもとに、ダンスホールで知り合つた当時学生の相手方と昭和三六年三月一八日養子縁組届出をし、相手方は以後被相続人方で同居し、同年八月一五日無限責任社員であつた被相続人から薬種業を営む合資会社○○商店の同人の持分一八万円中二万円の贈与を受けて同社の有限責任社員となり、一方被相続人は昭和三七年二月一九日兄の子堀内美奈子を養子とする縁組届出をし、相手方との婚姻成立を期待した。そして相手方は昭和三九年一月三〇日木島家に伝わる「藤三郎」を襲名し、老舗である右会社の業務に従事するようになつたが、美奈子との婚姻については合意に至らず、婚約は解消され、被相続人は昭和四〇年三月一五日美奈子と協議離縁した。その頃から被相続人と相手方との間に意見の相違がみられるようになり、相手方の結婚相手も決まらず、家庭内に風波が立つようになつた。そしてようやく、昭和四三年六月九日相手方は大村真佐子と事実上結婚し同棲を始めたが、相手方が外国旅行中の昭和四四年三月一三日真佐子は実家に戻り右内縁関係は解消された。その後も相手方の身は固まらず、被相続人との仲も悪化するばかりで、昭和五一年一〇月二〇日相手方は遂に被相続人方から家出し、金沢市内で別居し自ら生計を立てるようになつた。被相続人は昭和五二年四月一九日公正証書により「相手方は昭和四五年頃より自宅内で、糞婆、叩き殺してやるなどの暴言や器物を投げつけるなどの暴行を重ね、昭和四八年春頃より遺言者及び会社内の従業員の面前で再々罵倒するなどの侮辱を繰返すので相手方を廃除する。総遺産を姉の二村麻喜子、妹の高田みどりに遺贈する。」旨の遺言をした。相手方は別居後西上良美と結婚し、昭和五三年九月二三日長女佳子が生まれ、同年一〇月六日良美との婚姻届も済ませた。被相続人は、昭和五〇年一月に相手方から会社の持分二万円を譲受けたとし、昭和五三年一〇月一一日相手方退社の登記をし、昭和五四年三月一五日相手方に対し離縁の訴を提起した。相手方はこれを争い、その係属中離縁並びに慰藉料請求の反訴を提起した。そして更に昭和五五年五月相手方は被相続人を公正証書原本不実記載の罪で告訴するとともに、会社を被告として社員地位確認の訴を提起した。被相続人は同年七月二三日平川高と養子縁組をしたが、同年一〇月二四日に協議離縁し、昭和五七年一一月一二日高田正美同人妻令子を養子とし届出た。しかし被相続人は同月一五日死亡(当六四歳)し、前記離縁の訴、同反訴はともに終了した。
二 ところで、相続人の廃除は、相続的協同関係が破壊されまたは破壊される可能性がある場合に、そのことを理由に遺留分権を有する推定相続人の相続権を奪う制度であるところ、廃除事由として、法は被相続人に対する虐待、侮辱その他相続人の著しい非行をあげているが、右廃除は被相続人の主観的、恣意的なものであつてはならず、具体的非行の内容が社会的かつ客観的にみて遺留分の否定を正当とする程度に重大なものでなければならないと同時に、右規定は一種の一般条項であるから、廃除事由としては、虐待・侮辱行為に限定されず、そのほか遺留分を奪うことが相当と判断される程度の有責行為であればその種類・内容は問わないというべきである。従つて、右廃除事由は、抽象的には、相続的共同関係を破壊するに足りる相続人の被相続人に対する重大な非行一般の趣旨に解することができ、これはまた養親子関係に例をとると、相続権を含む身分関係の全面的解消である離縁に共通する面があり、従つてその非行の程度に関する判断は、離縁原因としての「縁組を継続し難い重大な事由」と実質的にはその趣旨を同じくするものと解されるから、廃除事由の判断に当つては、これを一応の基準とするのが相当である。
三 そこで、本件についてみるに、前認定事実によると、被相続人死亡のころは、両者はすでに長年の反目・確執の結果、離縁の訴、同反訴、告訴、地位確認の訴など強度の抗争手段をもつて相争つていた状況であつて、本件養親子関係は現実にはすでに確定的に破綻していたと認めるのが相当であり、従つて離縁訴訟についていえば、縁組を継続し難い重大な事由の存否が問題になつていたというよりも、それは当然に認められるとしたうえで、これを破綻に至らしめた有責性の帰属・分担・換言すれば、その責任がどちらにあるのか、かりに双方にあるとした場合どちらがより大であるかに争点が移行していたと認めるのが相当である。すると、原審としては、抗告人ら申出の右離縁訴訟の記録を検討し、被相続人提起にかかる離縁の訴の認容の可否即ち双方の帰責ないしはその割合を考察し、もつて被相続人からの右請求が認容されるべきものか否かを判断し、かりにこれが肯定されるべきものであるということになると、同訴訟が当事者死亡により終了した後の本件廃除の申立は、ゆうに認容するに足るもの、換言すれば養子に非行があつて養親からの離縁請求が認容可能である場合には、離縁よりも効果が限定されている廃除は、特段の事情がない限り許されて然るべきであるとの判断が成立ち得るのであつて、結局本件廃除申立の直前まで係属していた離縁訴訟の審理経過並びにその内容は、本件廃除申立を判断するうえで、重要な一資料というべきところ、原審判を検討するも、この点を審理判断した形跡がない。また相続人からの告訴は、その当否に拘わらず、被相続人との共同生活関係を破壊するに足る危険性を有するものであるから、かかる手段に訴えることが真に止むを得なかつたか否かが問われなければならないところ、原審判はこの点について何らふれるところがない。一方原審は、相手方が被相続人と感情的に対立し、同人に対ししばしば暴言をはいたり、時には手をかけるといつた行動のあつたこと、また女性関係についても誠実でなかつた事実を認定しているが、その内容が若干あいまいであるうえ、それらが本件協同関係破壊の原因になつたか否かの考察をしていない。右の点について事実の有無並びに具体的内容が明らかにされ、右因果関係が肯定されるならば、相手方の右各行為は、廃除原因としての被相続人に対する重大な非行に該当する可能性があるというべきであるのに、原審は、これらを明らかにせず、両者の出合いの不自然さから考えると、自ら招いた結果という面もあるとし、被相続人に相手方の非行を指摘する資格がないかの如き判示をしている。ところで相続人の非行が被相続人の挑発によつてもたらされたものであれば、一般にこれを廃除原因とすることはできないというべきであるが、養子縁組に至る経過に偶然性があつたからといつて、これを不自然であるとし、これを右の意味での挑発行為と同視するかの如く判示するのは相当でない。養親子関係が一旦両者の合意で成立した以上、双方は協力してその円満な維持に努める義務があるのであつて、その出合いが仮に不自然であつたとしても、縁組継続中の当事者の一方の有責行為が故なく免責されたり、他方に責任が転嫁されることは特段の事情がない限りあり得ないと解されるから、結局右の点に関する原審の判断は理由が不備であるといわざるを得ない。
以上の如く、原審としては当事者の主張立証に加え、職権で広く廃除原因について事実の調査及び必要と認める証拠調をしなければならないのに、相手方の被相続人に対する非行の存否とその程度について審理をつくさず、また認定した一部についてはその有責性の帰属の判断に不備があるものであつて、その結論はとうてい是認できないというべきである。
四 よつて原審判を取消し、更に審理をつくさせるため、本件を原審に差戻すこととし、家事審判規則第一九条第一項を適用して主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 山内茂克 裁判官 井上孝一 三浦伊佐雄)
抗告の理由
1 相続的協同関係の消滅
廃除は、相続的協同関係(家族的共同生活関係)が破壊され、または破壊の可能性がある場合に、そのことを理由に遺留分権を有する推定相続人の相続権を奪う制度である。
形式的であり、画一的な法定相続主義を現実の家族的共同生活の実情に合わせて是正するものである。
本件において、被相続人と相手方間においては、相続的協同関係が既に消滅していることは極めて明白であつて、原審はこれを看過している。
2 廃除事由
(一) 廃除事由は、廃除の意思が明らかである以上、遺言の廃除事由に限らず、家庭裁判所が職権をもつて広く、廃除事由の有無について事実調査及び証拠調しなければならないものであることは原審の通りである。
その廃除事由は、「被相続人に対する虐待もしくは重大な侮辱」又は「推定相続人の著しい非行」である。
(二) 虐待、侮辱
(イ) 廃除原因としての虐待とは家族的共同生活関係を不可能にする程、その関係や心理に苦痛を与える行為であり、侮辱は同じ程度に被相続人の名誉や自尊心を傷つける行為である。
(ロ) 家出、別居、退社
原審も認めているように、相手方は、昭和五一年頃から被相続人に暴言を吐き、時には直接手を出し、同年一〇月には日論の末、家を出、会社より退職し、別居している事実は明白である。
(ハ) 訴訟の提起
被相続人は、相手方との離縁を求めて訴訟を提起していた(金沢地方裁判所昭和五四年(タ)第一二号事件)。その訴訟に対して相手方も被相続人との離縁を求めて反訴を提起しており(同庁昭和五五年(ワ)第二〇三号事件)、審理中であつた。
(ニ) 告訴
相手方は昭和五六年六月頃、被相続人を金沢地方検察庁に告訴している。
相手方は被相続人を公正証書原本不実記載罪の罪名で告訴し、その処罰を求めている。
(ホ) これらの相手方による被相続人に対する告訴や訴訟提起は、その当否に拘わらず、被相続人との共同生活関係が破壊されていること、即ち廃除原因となることは判例、学説の認めるところである。
告訴によつて親の処罰を求め、離縁を求めている相手方については訴訟提起の当、不当と関係なく、被相続人との親子共同体として認める必要はないからである。
(ヘ) 原審は相手方の家出、別居、退社、離縁訴訟、告訴という客観的事実を看過しており、被相続人と相手方の相続的共同関係が既に消滅している事実を看過している。
(三) 著しい非行
原審は、相手方の暴言、直接暴行の他に女性関係の不誠実さや、酒を飲み歩き酒色におぼれたことを認めている。
また、相手方が店の高貴薬を持ち出した点も認めている。しかし、店の高貴薬持ち出しの点について、「社会通念上、容認し得る範囲」であるとしているが、会社の資産を個人が持ち出すことに、社会通念上容認し得る範囲などあり得ない。
よつて、これが非行にあたらないという原審の判断は誤りである。
3 原審判断の事実には、その他明白な誤りがある。
(一) 審判書4項判断のロ(一)の二枚目下から三行目
「美奈子が相手方との結婚を肯んじなかつたため」とあるが、これは相手方の方が美奈子との結婚を肯んじなかつたのである。
(二) 同項ロ(一)の三枚目一行目
「そのうちの一人である大村真佐子」とあるが、大村真佐子は被相続人が物色してきたものではない。相手方が見つけてきたものである。
4 相手方の財産
原審は、相手方を廃除することは酷であるとするが、相手方は被相続人宅にいた頃に多額の高貴薬を持ち出し、それを資本として、現在金沢市の繁華街に薬店を経営し、相当な資産を有するものである。
この資産は、全て被相続人や会社の資産を基礎にしたものである。原審はこの点を看過している。
5 以上の通り、原審は充分な事実調査や証拠調を行なつていないものである。
抗告の理由(追加)
一、推定相続人の廃除は、遺留分権を有する推定相続人に相続欠格事由そのものがないときであつても、被相続人との相続的協同関係を破壊するような行為がある場合には、被相続人において当該推定相続人の遺留分権を含む相続権を剥奪することを認める制度であると説かれている。しかし、右のような相続権の剥奪を無制限に認めると、遺留分の制度が有名無実になつてしまう虞れがあるため、民法第八九二条は推定相続人の廃除を認める要件として、遺留分を有する推定相続人が、(1)被相続人に対し虐待をし、(2)若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき、(3)又は、推定相続人にその他の著しい非行があつたとき、の三つの事由を挙げている。これらの事由は、いずれも、前述のとおり遺留分権を有する推定相続人が被相続人との相続的協同関係を破壊する行為を列挙したものであり、遺留分権を有する推定相続人の具体的行為が右三つの事由の一つ又は複数に該当するかについては、当該行為が相続的協同関係を破壊するに足りるものであるかどうかの観点から判断されなければならない。
二、ところで、遺留分権を有する推定相続人の行為が相続的協同関係を破壊するに足りるものであるかを判断する上で、当該推定相続人と被相続人との具体的関係に留意しなければならない。もし、当該推定相続人と被相続人との身分関係が自然血族関係にあり、かつ、それが親子というような近親関係にある場合と、同じ自然血族関係であつても、その親等が遠い者もしくは法定血族関係のように人為的な発生原因により生じたものとは、当然同一に論ずることは出来ないというべきである。
推定相続人廃除の事由を限定しているのは、前述のとおり遺留分制度との調整の結果である。遺留分制度は、法定相続制度ことに血縁による血族相続を前提とするもので、本来自由であるべき財産の処分を相続に関してのみ一部制限しようとするものである。これはもともと家制度と密接な関係を有しており、家産の維持存続を主な目的としていたが、昭和二二年の民法大改正により、その目的を最小単位としての家庭の遺族たる推定相続人の生活基盤を守るという形に変容させられた。これとともに推定相続人廃除についても従前家制度の維持を目的として認められていたものが、最小単位としての家庭-相続的協同関係-の維持を目的とするよう変容したことは周知のとおりである。
いうまでもなく、相続制度を支える最小単位としての家庭-相続的協同関係-は二通りの原因により成立する。一つは、出生という形によるいわゆる自然血族としての実親子関係であり、他の一つはもともと血縁とは無関係な二人が身分関係を発生するため意思表示を行ない。戸籍法の定めるところにより届出をすることによつて成立する夫婦関係並びに養親子関係である。前者は自然発生的身分関係であり、それは選択を許さない関係であつていかなる手段をもつても、死が訪れるまでその関係を断ち切ることは出来ないが、後者は、もともと関係のない二人の間に人為的に身分関係を発生させるものであつて、したがつて、当事者双方が不断の努力によつて維持存続を図らなければ、その実質を実現できないものである。これを養親子関係についていえば、当事者双方が親らしく、子らしく日常生活において営為することが、人為的身分関係の維持存続の必須の要件であり、かような実質があつてはじめて、実親子関係に擬せられるべきものである。このような自然の親子らしい実質が失われることとなつた場合には、民法は親子関係を解消するために離縁の手続を定めている。
このように多言を要するまでもなく、実親子関係と養親子関係とは、本質的差異があり、推定相続人の廃除における「相続的協同関係を破壊するに足る行為」の認定においても、これを両者同一に論ずることができないのは明らかである。換言すると、自然の血族に由来する実親子関係においては、相続的協同関係の破壊の有無については、厳格に認定がなされなければならないのに対し、養親子関係においては、離縁の事由があれば原則として相続的協同関係の破壊があつたものと認定されてしかるべきである。かように解さないと、離縁事由があり離縁の訴訟が係属中に被相続人が死亡すると、相続が開始し、訴訟手続の遅速の結果、被相続人としては自己の意思に反し、その有する財産を離縁訴訟の相手方に相続されるにとを強いられることとなる。法は、相続について、そこまで被相続人の意思を無視しているものと解すべきではないであろう。
三、本件についてこれをみると、被相続人木島志のぶは、生前相手方を被告として離縁訴訟を提起し(金沢地方裁判所昭和五四年(タ)第一二号事件)、他方相手方もまた反訴として被相続人に対し離縁訴訟を提起し(同庁昭和五五年(ワ)第二〇三号事件)で、右各事件は審理中であつた。そのまま推移するにおいては、右両事件、もしくは一つの事件において請求認容の判決となつたことは明らかである。ところが訴訟係属中に被相続人である木島志のぶが突然死亡したのである。このような場合どう考えても相続が開始することに矛盾を感じないわけにはいかない。右関係だけを考えても、被相続人木島志のぶと相手方との相続的協同関係が破壊されていたことは明白であるからである。
木島志のぶと相手方との間に縁組を継続し難い重大な事由が生じたのは相手方が被相続人の経営する合資会社○○商店の高貴薬を無断で持ち出したり、酒を飲み歩いて仕事に専念せず、女性関係についても不誠実であつて、そのことなどに被相続人が親として苦言を呈するとこれに対し暴言を吐き、時には直接手を出したりしたうえ、家を飛び出し、右会社を退職して、親子らしい関係を破壊し、被相続人と別居するに至つたという経緯からである。このことは原審も認めているところである。もつとも、原審は、右のうち、相手方が酒を飲み歩いて仕事に専念しなかつたこと及び右会社の高貴薬を無断で持ち出したことが社会通念上容認し得る範囲である旨判示している。しかしながら、前者については、被相続人の認識した事実と原審裁判官のものの考え方、見方の相違ということで理解できないわけではないが(現代の無責任時代の風潮を容認するものとして)、後者については、全く健全な常識では理解の困難なものである。この行為は、会社の物品の横領であり、被相続人に対する著しい背信行為と考えるのが常識ではなかろうか。さらに、これは本件において最も重大視しなければならない事柄であるが相手方は、前記離縁訴訟係属中の昭和五六年六月頃金沢地方検察庁に対し、被相続人を公正証書等原本不実記載被疑事件の被疑者として告訴した。一体実の親子であつたら、親がたとえ親たらずとしても、子が親の訴追を求めるなどということは、人倫に反し、到底吾人の道徳感情から許されることではないのである。もし、起訴され、懲役刑にでも処せられればねぐい去ることの出来ない恥を子孫に引き継ぐことになるのである。これは、相手方が養子であり、かつ、当時親子関係の実質が失なわれていたから容易になしえたことであるけれども、その一つをとつても、相手方に相続の排除事由があるといわなければならない。ことに根拠のない告訴をするにおいておやである。なお、付言するならば、親族間においては犯罪行為をかばうことすら、刑法上は結果として許されていることを想起しないわけにはいかない。相手方の行為は非道というほかない。
この点について、旧法時代ではあるが東京控訴院は大正四年一二月一七日養子が養父を告訴した事由をもつて、「被相続人に対する告訴は重大なる侮辱」であるとしている(法律新聞一〇七号一三頁)。けだし、吾人の倫理感情からいつて当然と解される。相手方の告訴以外の前記各所為も、いずれも民法八九二条の要件を充すに十分であつて、原審の判断は、不当というべきである。
相続制度は、もともと血のつながつた、暖かい感情の交流のある者に自己の財産を承継させたいという人間の本能に由来するものである。血の通わない法定血族の相続人については、血が通つていると等しい外形が相続を容認する実質と通常人は考えるであろう。情誼にかなつた判断をしていただきたい。
別紙<省略>
〔参照〕原審(金沢家 昭五七(家)一三六七号 昭五九・四・九審判)
主文
本件申立を却下する。
理由
1 申立の趣旨
「相手方が被相続人の推定相続人であることを廃除する」との審
2 申立の理由
イ、申立人両名は、被相続人の遺言にもとづく遺言執行者である。
ロ、相手方は、昭和三六年三月一八日被相続人の養子となる縁組届出をなした。
ハ、被相続人は、昭和五二年四月一九日遺言(公証人○○○○作成昭和五二年第五七一号遺言公正証書による)をもつて、相手方が昭和四五年ごろから自宅で被相続人に対し、「糞婆、叩き殺してやる」などの暴言、器物を投げつけるなどの暴行を重ね、同四八年春ごろからは合資会社○○商店内で従業員の面前で再々罵倒するなどの侮辱を繰返したことを理由に、相手方を被相続人の推定相続人としての資格から廃除する旨の意思を表示した。
ニ、相手方は、家業である製薬種商、合資会社○○商店の仕事に身を入れず、遊び歩き、かつ同会社の高貴薬を無断で持ち出すことも度々あり、被相続人は、昭和五四年三月一五日相手方との縁組を解消するため離縁の訴を提起(金沢地方裁判所昭和五四年(タ)第一二号事件)していたが、その係属中の昭和五七年一一月一五日死亡した。
ホ、よつて申立人らは、被相続人の遺言執行者たる地位にもとづいて相手方の相続人廃除を求める。
3 相手方の主張
イ、申立理由ハ、ニの廃除事由および離縁事由はない。被相続人は、相手方を養子として利用するだけ利用した上、合資会社○○商店の現在の隆盛とその支配権を得るや、相手方を弊履のように捨てようとして、離縁を画し、更に遺言で相続人廃除を企てている、に過ぎない。
ロ、遺言執行者による相続人廃除は、遺言に明示した廃除事由の存在する場合に限られるべきものであり、然も、現行法における相続人廃除は、個人的私有財産についての相続的協同関係の破壊が客観的に存在し、これが社会的に容認される場合に限定されるべきものであり、被相続人の主観的恣意を許すものであつてはならない。この点からしても、仮に相手方の言動に多少のことがあつたとしても、それは被相続人からの誘発かつ一時的なものであり、然も相手方の遺産に対する貢献、寄与を考えると、到底廃除事由たり得ないものである。
4 判断
イ、昭和五七年一一月二七日付除籍戸籍謄本および遺言公正証書謄本によれば、申立人らの申立理由イ、ロ、の各事実および同ハ、の事実中被相続人が相手方について相続人としての地位を廃除する旨の遺言を、その主張の日時、理由、方法でなしていること、同ニ、の事実中被相続人が主張どおりの離縁の訴を提起し、その完結をまたずに死亡したこと、が認められる。
ロ、そこで次に廃除事由たる事実の有無について判断する。
(一) 前掲各証拠、被相続人(七通)、中野勝夫および浜崎久二郎のいずれも訴訟上の供述を記載した速記録写(金沢地方裁判所昭和五四年(タ)第一二号、同五五年(ワ)第二〇三号併合事件)によると、以下の各事実を認めることができる。
被相続人は、江戸時代の中期頃に創業した薬種商○○の事業を継承して創立された有限会社○○の代表者であつた先代木島藤三郎と昭和二一年に結婚し、同三三年に同人が死亡した後、同人の遺言にもとづいて同人の地位を承継し、次第に同会社の実質的代表者としての地位を確立し、昭和五七年一一月一五日に死亡する直前まで、同会社の経営を支配していたのであるが、先代藤三郎との間に実子がなかつたため、自己の望むものを養子に迎え入れようと考えていたところ、たまたま同三四年一二月にダンスホールで知り合つた○○大学工学部に在籍していた相手方が気に入り、これを自らの養子とすることとし、同人の学部を薬種商の後継者にふさわしい薬学部に変更させることに成功した上、同三六年三月に同人との間で縁組届をなし、更に自らの兄の子である堀内美奈子も養女としてこれを迎え入れ、同女と相手方を結婚せしめる構想を持ち、同三九年三月に相手方が○○大学薬学部を卒業すると同時に前記会社に入社させ、同年一〇月には同人の名も後継者にふさわしい藤三郎と改名させていたが、前記美奈子が相手方との結婚を肯んじなかつたため、同女との間の養子縁組を解消し、更に、次々と自らの血縁者中から相手方の配偶者候補を物色したが、相手方の気に入つたものがなく、そのうちの一人である大村真佐子の場合は、当初相手方の希望にそつて昭和四三年六月に一たん結婚式まで挙げて約九箇月の事実上の結婚生活を経ながら、結局婚姻に至らず、相手方は、前記会社に入社して後は、薬剤師としてのみでなく、事実上の後継者として会社の経営にも人並み以上の努力を続けていたが、前記真佐子との結婚のころからスナック経営の一女性と特別の関係に入り、次第に会社、家庭内において自らの存在を強調し、独断的な面が出始め、被相続人の期待に反する行動を取るようになつたことから被相続人との感情的対立にまで発展し、そのころから昭和五一年ごろまでに被相続人の苦言に対して暴言を吐いたり、時には直接手を出すこともあり、その挙句、同五一年六月ごろからは同一家庭に居ながら食事さえ別にするようになり、同年一〇月には些細なことから被相続人と口論の末、家を出ることとなり、次いで前記会社からも退職して、自らの生きる道を別に求め、同五三年に自らの選んだ配偶者と結婚し、現に二人の子をもうけている。なお、被相続人は、前記美奈子との離縁のみでなく、同五四年以来相手方との離縁を求めて訴えている一方、同五五年七月に平川高を一たん養子としながら、同年一〇月に同人とも離縁し、更に死亡直前の同年一一月一二日には申立人高田良正の子正美を、その妻令子とともに、養子として入籍している。
(二) ところで、相手方は、遺言による相続人廃除は、当該遺言書に記載されている事由にのみ限定すべきものである、と主張するが、一般の廃除申立において必ずしも申立の理由に拘束されないのと等しく、遺言の場合も遺言書記載の事由にのみ拘束される理由はない。蓋し、相続人廃除の制度は、相続人の生活、行動、被相続人に対する態度等を総合的全体的に考察して、当該相続人が被相続人の遺産を承継する資格を否定すべき場合において、相続的協同関係が既に消滅しているとして、遺留分を含む相続権を当該相続人から奪うもの、と解すべきであつて、個々の行為の存否に拘束されないのはもとより、遺言書に廃除事由が明記されていなくとも、廃除を肯定すべき場合もあり得るからである。(昭和四五年編家事執務資料中巻二二頁、二三頁参照)
(三) そこで、前記の認定に照らして、相手方の被相続人についての遺産承継資格を判断するに、確かに、被相続人が有限会社○○の代表者としての実権に固執し、更に相手方の配偶者の選択にまで介入することに反駁したにせよ、相手方は昭和四三年ごろから被相続人と感情的に対立し、同人に対し屡々暴言を吐いたり、時には同人に対して手を掛けるようなこと、も認られ、また相手方は、女性関係についても、必ずしも誠実でなく、こうした点で人格的意味合いから、金沢市内有数の老舗である○○の承継者にふさわしくない点も否定し難いけれども、申立人ら主張の相手方が酒を飲み歩いて家業に専念しなかつたとか、度々店の高貴薬を持ち出した、との点については、その程度において社会通念上容認し得る範囲内では認められるものの、著しく限界を逸脱していたとは認め難く、むしろ相手方は、別居、退社のころまでは、自らが有限会社○○の実権を早期に手に入れる為とは言え、人並み以上の熱意をもつて、社業に当つていたというのが自然であり、被相続人と相手方の当初の出会いの不自然さを考えると、相手方に対する被相続人の人格的非難は、自らの招いた結果という面もあり、また被相続人が屡々縁組と離縁を重ねているところからも、被相続人の○○支配の執念の程が窺え、これに対して相手方が反駁したことも一概に責められないところがあるのみでなく、相手方は、大学在学中に被相続人の養子ということを前提として学部を変更し、自らの進路を定め、以後同五一年の別居まで、青春の一〇年以上を有限会社○○のために費して居ること等、以上の諸点を総合的に考えると、今、相手方の被相続人についての相続欠格を肯定することは、相手方にとつて酷に過ぎると言うべきである。
ハ 以上のとおりで、申立人らの本件申立は、結局失当というべきなので、主文のとおり審判する。